叔父(母の弟)が亡くなって2年経った。
叔父さんのことは小さい頃「ゆうにんにん」て呼んでて、いつのまにか「ニンニン」になった。
子供の頃ニンニンのことが大好きで、たぶん4歳くらいの頃に公園でデートしてもらったことも覚えている。
パソコンにも詳しくて、インターネットが普及し始めたばっかりの頃に我が家のPCを設定してくれて、ポストペットでメールのやりとりしたり使い方を教えてもらった。その影響もあって私は小学生の頃からPCばっかりいじってインターネットの海に溺れていた。その頃の経験もきっと今の自分の仕事に繋がってる。
ニンニンは音楽も好きで、プリンスとスチャダラパーのCDを私にくれたことがあった。これは中学くらいだったかな。
高校の入学祝いにはフレッドペリーの小さいボストンバッグをプレゼントしてくれて、そのバッグにお弁当を入れて学校に持って行ってた。ファスナーぶっ壊れても使い続けるくらい気に入ってた。
最後にニンニンと会話した日のことは思い出せない。
私が大学を卒業する直前に両親と母方の祖父母の間に軋轢が生じて、親戚で集まることもなくなった。
ニンニンは長年透析を続けていて、ある日体調を崩して入院、そして亡くなってしまった。
コロナ禍でお見舞いにももちろん行けなかった。
数年振りにお葬式で会うことになるなんて思いもしなかった。音楽とか映画の話、今だったらもっと沢山できたのに。話したかった。
長年会ってなかった人が死んで突然いなくなるって、変な感じだった。
火葬後の骨上げで骨壷がいっぱいになってきたときに火葬場のスタッフの人が「骨が多いのでゆすらせていただきます」といって骨壷をゆすっていた。なんとか骨は全て収まった。ゆすられる骨壷がなぜか目に焼き付いた。
どうしてこんなことをブログに書こうとしたかというと、先日スープジャーにシチューを入れていたときに具が大きくて、スープジャーをゆすったらそのときの骨壷のことを思い出したから。
何このオチ